事業家集団環境を辞めた元メンバーたちの話

事業家集団環境でチャレンジすることを辞めた人や脱退した元メンバーたちの現在

今も事業家集団環境で学んだことを実践して社長をしています

事業家集団環境を辞めた後もセミナーで学んだこと実践して社長になった私のイメージ

 

私は事業家集団環境と呼ばれている組織に5年間お世話になりました。
今は父の仕事を継いで社長になり、退会して3年近くになりますが今でも学んだことを大切に仕事をしています。

 

事業家集団環境を卒業して社長になった私

父の仕事の関係者の方々は年上の男性が多く、1年目はお食事に誘っていただくことが最初の私の仕事でもありました。慣れない仕事と新しい人間関係を構築していかなければならず苦戦するだろうと思っていましたが、実は人間関係はとても良好なのです。

 

  • リアクションのわかりやすさ
  • メールの返信スピード
  • わからないなりに即断即決していること

 

ただ、事業家集団環境で始めに教えてもらったコミュニケーショントレーニングと、わからないながらもスピード重視で作業を進めていくこと、失敗を恐れずチャレンジすることが身に付いていたことで先輩経営者の方々に可愛がっていただいているのは事実だと思います。
父の指導のもと仕事を早く覚えて、先輩経営者の方々のような仕事ができるように早く力をつけたいと今も奮闘中です。

 

事業家集団環境を卒業する時の葛藤

私は5年間自分なりに頑張りましたがなかなか思うような結果が出せなかったタイプで、本来なら見捨てられてもおかしくないのにたくさんの人が私のために親身になってくれ、人として大事なことを教わった5年間でした。

父が体調を崩したことをきっかけに事業家集団環境を辞めることになったのですが、辞める時は激しい葛藤がありました。
そもそも自営業の父の家業を継ぎたくなくて自分で会社を立ち上げたかった私は、経営を教えてくれるこの組織を見つけて参加し父より成功しようと考えていたのです。

 

「ここで辞めてしまったら一生後悔するんじゃないか?」
「自分の人生が失敗に終わるんじゃないか?」
「途中で辞めるのは負け犬みたいな癖がつくのではないか?」
「自分のために費やしてきた5年間という時間とお金が無駄になり、自分も父のように体を壊すほど仕事を一生し続けなければならないのではないか?」
「父の後を継がずこのまま事業家集団環境に残って私は後悔しないだろうか?」
「同時にどちらも頑張ることはできるだろうか?」

 

いろんな考えが頭をぐるぐる回って、しばらくは誰にも相談できずに悩んでいました。

ある時、私が師匠として尊敬していた方からLINEがきました。

「最近元気ないみたいだけど何かあった?お茶でもしませんか?」

師匠は何でもお見通しなんだなと驚きでもあり、会ってどこまで話すか迷いましたがすっきりしない毎日が続いていましたので、お言葉に甘えて時間をとっていただきました。

 

師匠からのアドバイス

迷っている時というのは何事にも身が入らないもので、会社の仕事も師匠から教わっていたことにも集中していない状態でしたからお会いするのには多少勇気がいりました。
「きっと怒られるんだろうな」と何となく想像しながら会いに行きました。

「お父さんの体調どお?」と言われてビックリしました。
てっきり怒られるものだと思い込んでいたので一瞬「何で知っているんだろう?」と思ったのですが、日々の報告の中に母から聞いた父の病状やお見舞いに行っていることも時々書いていたのです。

誰にも相談できず我慢していた時期が続いていたので、父の様子や家族が看病で大変な状態であることを師匠に一気に話してしまいました。
話し終える頃には「こんな状態でこの組織にいていいのかな?続けられるかも不安です。」と本音が口から出てしまいました。

しばらく黙って聞いてくださった師匠からは「〇〇ちゃんはどうしたいの?」と言われて自分がどうしたいかなんて考えてなかったことに気がつきました。
「〇〇ちゃんの人生なんだから、後悔のない選択をするだけだよ。」

 

私は本当はどうしたいのだろう?

結局その場では何の決断もできずに家に帰りました。
5年間頑張ってきたけれど家族の家計を支えるほどの収入も作れなかったし、すぐに看病に時間を使えるほどの自由な生活も手に入れられなかった自分を責めました。仲間とのスポーツイベントやバーベキュー、お金がない時はみんなで鍋をしたり、掛け持ちバイトして眠いことすら人より働いている自負になっていてずっとそうしていられるとどこかで思っていました。
だけどもしかしたら父は1年もたないかもしれないと考えた時、急に自分は経営者になることよりも組織の人が好きで5年もいたんだなと気づいてしまいました。
本当はもっとみんなと一緒にこのまま青春の延長線上のような人生を過ごす先に、自分の大成功が待っていると信じたかったです。
だけど、楽しかった5年間はもう戻ってこず今すぐ父に何かあったら・・・専業主婦の母が父の仕事を切り盛りしているイメージではできませんでした。

私が父の仕事を継いだからといって、必ず上手くいく保証はないということはわかっていましたし、事業の大きさも私には大きすぎて父の会社の借入額を聞くと恐ろしくなりました。
ですが、まだ父が生きているうちに仕事を覚えれば母を助けることにもなり、少しは父も安心してくれるのではないだろうか?そう考えている時間が増えました。

私は父の家業を継ぐことに決めました。
それは師匠が言った「〇〇ちゃんはどうしたいの?」という質問の答えの正解なのか、不正解なのかその時は全くわかりませんでした。

 

事業家集団環境を辞めた今になってわかったこと

退会を決めてからは、バタバタといろんなことをこなすのに精一杯でした。
実家に引っ越しをしたり、仕事を辞めるための引き継ぎや、母と交代での病院通い・・・。
気づくとあっという間に半年がすぎ父は奇跡的な回復を見せ始めました。
それから1年休みなく毎日忙しくしているのに体調も崩すことなく仕事ができていることがすごくありがたいなと感じることが増えました。

もしかしたらそれも、あの6年間毎日バイトしたり土日もセミナーに参加したりイベント開催のお手伝いをしたりしていたから、そのまま別のことを頑張っても体力的にもメンタル的にも乗り越えられたのかもしれないと思っています。

その当時師匠から「ネガティブになっている間は暇なんだよ」って言われていた意味が体験を持ってやっとわかったような気がします。
そして、今でも年に1度はお誕生日おめでとうラインを送ってくれる師匠の人間関係のマメさを尊敬しています。
こんなことは上っ面の人間関係ではなかなかできないな!とつくづく思います。

目指す道は違ってしまったけれど「どうしたいの?」と聞いてくれた答えになっていないかもしれませんが、本気になって今やっていることが私の本当にやりたいことでやるべきことなんだと感じています。
一緒に頑張っていた仲間とはほとんどやりとりをすることはなくなってしまいましたが、もっと仕事ができるようになって、いつか師匠に報告したいと今も思い仕事に打ち込んでいます。